鎰谷 佳恵(かぎや よしえ)。幼稚園でサッカーを始め、スフィーダ世田谷FCジュニアユース~ユースでプレー。高校卒業後にフットサルを始めプリメイラに加入。現在はフットサルを競技するだけでなく法政大学体育会アメリカンフットボール部トレーナーの活動も。櫻庭里紗、千田日向子、船附ひな子はスフィーダ時代のチームメイトで同学年。

勝利のために常に最良の選択を。まわりを活かす利他的なピヴォ

ストライカーという人種は利己的な性格、エゴイストが多いという。

むしろそうでなければ務まらない、という声もある。
「自分が決める」という強い意識と、それを実現できる技術や精神力がなければ多くのゴールを決めることができないからだ。
パスという選択ではなく、自分がゴールを狙う。日本人に足りないのはそんなエゴイスティックな気持ちだ、などという人もいる。
しかし、府中アスレティックFCプリメイラのPIVO、背番号12の鎰谷(かぎや)佳恵にはエゴイズムのかけらもなく、どこまでも謙虚だ。

やわらかな雰囲気のなかにある、やりぬく強さ。

小さい頃から体を動かすことが大好きだった鎰谷は、幼稚園のころにサッカーを始めた。小学校では男子に混じってプレーし、中学生になるとより本格的に競技に取り組みたいと、女子サッカーのクラブチーム、スフィーダ世田谷FCに入団した。

スフィーダでは週5の練習、土日も練習や試合というハードな毎日。近隣から「サッカーが上手い子だけ」が集まってくるクラブチームという環境だから、もちろん競争は激しい。

主にサイドバックとしてプレーしていたが、当時の立ち位置はAチームとBチームを行き来する状況だった。中学2年生の都大会ではメンバー入りしながらも、続く関東大会ではメンバーから外れるという悔しい経験もしている。

そのとき鎰谷は「なぜ自分はメンバーから外れたのか」をコーチと話し、そのアドバイスを素直に受け入れ、前向きに捉えて練習した。その努力の甲斐あって全国大会では再度メンバー入りすることができたという。

そのコーチから受けた影響は大きく、今でも心に刻んでいる。
「サッカーのプレーより前に人間としてどう生きるか」にはじまり「礼儀や練習に臨む姿勢や意識」など。
だから中学時代の鎰谷はサッカーはもちろん学業にも熱心に取り組み、その努力が実って高偏差値で名高い都立西高校に合格した。

サッカーと同じくらい勉強にも打ち込んだ日々

自由な校風で知られる西高での高校生活を送りながら、放課後や休日はスフィーダ世田谷FCユースで練習や試合をする。中学生時代はプレーすることに必死だったが、高校時代は気持ちに余裕ができ、先輩や後輩とのコミュニケーションも楽しく「みんなでひとつになって試合に挑むことが純粋に楽しかった」という。

しかし、サッカーのためにこの高校に入ったのではない。東大や京大に現役合格者を多数輩出する進学高だ。「クラブチームでサッカーをしているから勉強がおざなりに」ということは許されないから、たとえ練習でヘトヘトに疲れていても勉強はコツコツとやる。
サッカーや勉強の先に何があるかを考えていた鎰谷は「トレーナー」という仕事に強い興味を持つようになった。

選手の怪我を防ぎ、コンディションを整え、パフォーマンスを最大化する。

スフィーダのトップチームで働くトレーナーの姿を見て、また自分が怪我をしたときに、あらためてトレーナーという役割の大きさに気付いた。

将来もサッカーやスポーツに関わっていきたい。そう思っていた鎰谷は、トレーナーを目指すことに決める。
そのためには運動生理学など専門的な知識を学び実践しなければならない。サッカーと勉強の両立は実現できたと思うが、残念ながら志望校には届かず1年間の浪人生活を送ることになった。

浪人中の気分転換にフットサルの練習に参加

毎日予備校に通い、受験勉強をする浪人生活。
当たり前だが予備校にサッカー部はない。

幼い頃から毎日サッカー漬けだった鎰谷は、いくら志望校合格のためとはいえ身体を動かす機会が無いことは苦痛だった。

「気分転換に何かないか?フットサルはどうだろう?」そう思って地元の先輩、七五三掛 麻耶が所属している、府中アスレティックFCプリメイラの練習に参加。そして受験勉強中の身ながらも、正式に入団することに決めた。

そうして、朝から予備校に通い、午後も引き続き勉強し、夜はフットサルの練習に参加。そんな一風変わった浪人生活が始まった。

そんな本格的な競技チームだと思っていなかった

あくまで、浪人中の気分転換という理由で、身体を動かすために始めたフットサルだが、府中アスレティックFCプリメイラは競技チームだ。休日の趣味や遊び、という雰囲気ではない。

翌2016年にはチームの運営体制も強化され、日本女子フットサルリーグのプレ大会にも参加。鎰谷はまだフットサルをはじめて2年目ながら、仙台や名古屋へ遠征し、ゼビオアリーナ仙台、武田テバオーシャンアリーナなど日本を代表する素晴らしいアリーナでプレーする機会を得た。

そして2017年には日本女子フットサルリーグが開幕し、プリメイラはリーグ1位を獲得。プレーオフは決勝で敗れたものの初年度の大会で準優勝という成績を残した。さらに東京都女子フットサルリーグ一部から、関東女子フットサルリーグへの入替戦に勝利し、翌シーズンの昇格を決める。

どんどん上がるステージ。この間、わずか三年。

身体を動かしたいという理由で始めたフットサルだったのに、企業からのスポンサードを受け、全国リーグに参戦し、大勢の観客を集める有料試合に出場する立場になった。ずっとサッカーをプレーしてきて、高校で競技は引退。
大学生活は将来のための勉強や色々な経験をしてみたいと思っていたのに、いつの間にかまた競技の世界に戻ることになったのだ。

アメフト部のトレーナーと二足のわらじを

鎰谷は一浪の末、法政大学 スポーツ健康学部に入学。体育会アメリカンフットボール部に入部し、アメフト部のトレーナーとフットサル競技の二足のわらじを履くことになった。

しかし、法政大学アメリカンフットボール部といえば、5度の大学日本一に輝き、現在も関東リーグ1部 TOP8に所属する名門だ。自分で選んだこととはいえ大学での勉強、部活動でのトレーナー業、さらにフットサル競技と忙しい。

となると、学業、部活動、競技活動全てに全力を集中するためには、どうしても時間が足りない。部活とフットサルの試合日程が重なれば、どちらか選ばなければならない。

どちらを優先するか、決断しなければならない

フットサル一本にするか、逆にアメフト部のトレーナーを続けるか、どちらか選ばなければならないのかと悩む日々。

そしてついに大学4年になった今年、アメリカンフットボール部の監督から「トレーナーに専念してほしい」と言われ、鎰谷は悩んだ。

もちろん、必要とされることはありがたいし、役に立ちたい、期待に応えたい。でもどうすればいいのか?
鎰谷は自分の気持ちやチームのことを、ありのままに話をした。

「自分が所属するチーム。府中アスレティックFCプリメイラは、日本女子フットサルリーグというトップリーグに所属し、北海道や兵庫県など日本全国の強豪チームと戦っていること」

「昨年、一昨年と日本一に手が届かず悔しい思いをしたこと。そして今年こそは日本一に輝きたいと思っていること」

「海外での競技経験がある選手や日本代表選手もチームにいる高いレベルの環境。自分も昨年日本代表候補リストに入り、日本代表の練習に参加し、もっとうまくなりたいと思ったこと」

そんな「トレーナーもやりたいがフットサルはやめられない」という気持ちを正直に伝えた。

監督は、鎰谷から話を聞くまで「フットサルの競技をしている」といっても、全国リーグで日本一を目指してプレーしている、そんなレベルとは思っていなかったのかもしれない。

そして「日程はフットサル優先でいいから、来れるときは部活にも来てほしい」と理解してくれた。

トレーナーとして、そして競技者として。

トレーナーという役割は、とても重要だ。
練習の前に選手それぞれにテーピングを施し、ウォーミングアップ。何かあったらケアをし、練習後は怪我の状態を確認するなど。その他にもウェイトトレーニング、怪我人のリハビリなど。部活には10名を超えるトレーナーが在籍してるが、とても大事な役割だ。

鎰谷の長所は、トレーナーでありながら、現役の競技者でもあることかもしれない。テーピングやストレッチの技術や知識だけでなく、選手の立場で物事を考えることができるからだ。

例えば、どこか痛みがあっても試合が出たいがために、それを隠す選手もいる。その気持もわかるし怪我をしたときの悔しさ、自分を攻める気持ちも理解できる。

だから、所属するチームの勝利のために、グラウンドでプレーをする選手のコンディションを最大化するために自分の役割を果たす。

その一方、競技者としての鎰谷佳恵は、兎にも角にも自分がやるだけだ。

フットサルを始めて5年目。
今シーズン、関東女子フットサルリーグでは8試合終了時点で6勝1敗1分で2位につけている。目標のFUTSAL女子地域チャンピオンズリーグ初出場のために、これからは上位リーグで負けられない試合が続く。

そして昨シーズン、日本女子フットサルリーグ プレーオフ準決勝で逆転負けをした悔しさは、忘れられない。応援してくれる人のためにも、よいプレーを見せて勝利を喜びたい。
今季は大混戦だ。日本一になるための最低ライン、プレーオフ進出のためにはもう一戦も落とせない。
しかも最終節は12月21日にホームのアリーナ立川立飛での開催となる。

そこで3年連続のプレーオフ進出を決めて、家族や友人だけでなく、応援してくれるたくさんのファンに喜んでもらいたいと思っている。

そのためにできることを全て準備しなければならない。

チームメイトとの連携、シュート、ディフェンス、フットサルは全員で攻撃して全員で守るスポーツだ。全てレベルアップしたい。

このチームのピヴォとして、得点という結果を出したい。今シーズン、シュート数は4試合で9本、ノーゴールが今の結果だ(日本女子フットサルリーグの成績のみ)。

このチームで求められている役割は、選手をサポートするトレーナーではない。

勝利のために得点する、攻撃的なピヴォのポジションでピッチに立つ。

シュートを打たなければ得点は入らない。しかしゴールできる状況で打たなければ、セーブされてカウンターになる。

PIVOの役割のひとつである、くさびになるポストプレー。
鎰谷は常に冷静に周りの状況を見極めて、常にチームの勝利につながるプレーを選択する。
シュートをするか、パスをするか。

でも、12月21日の試合では、自分が得点を決めたいと思っている。

このプリメイラというチームで、自分の役割を果たすために。
周りを活かすだけではなく、自らがゴールを決めるシーンを見てもらいたい。その方がきっと、自分を応援してくれる人たちも喜んでくれるだろう。

 

※記事内におけるチーム名、肩書、数値データなどは取材時のものです。

TEXT&PHOTO KEN INOUE 2019.10.26